注文の多いバンドマン

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注文の多い 料理店 バンドマン

二人の若い男が、すっかり音楽業界人気取りで、ぴかぴかのミキサーやスピーカーをかついで、新しく出来たライブハウスへと続く道を、こんなことを言いながら、あるいておりました。

「ぜんたい、ここらの町はけしからんね。まっとうな音楽文化の欠片もない、ギターをかついで歩いているバンドマンの一人も居やがらん。なんでも構わないから、この町を音楽やバンドにあふれた素敵な町にしたいもんだなあ。」

「僕たちが新しく作るライブハウスから、プロデビューするバンドなんかが出てきたら、ずいぶん痛快だろうねえ。毎日たくさんのお客さんが音楽を聞きにきてくれるんだろうねえ。」

それは東京ではないけど、地方と呼ぶには少しだけ都会の町。二人の若い男は、この町が大好きで、この町を楽しくするために新しいライブハウスを作ったのでした。

ピカピカの新しい音響を機材を仕入れて、防音工事もバッチシです。

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二人は本当に音楽が好きでした。

ライブハウスのオープンは翌月。

二人はオープンに向けて「出演バンド募集」と大きな広告を打ちました。

地元の学校にある軽音楽サークルにも出演バンド募集のチラシを持っていきました。

ところが、たまに冷やかしの問い合わせはあるものの、一向に出演バンドは集まらず、ライブハウスのスケジュールがまったく決まりません。

「このままでは、ぼくは、100万円の損害だ」と一人の男が、その出演バンド募集のチラシを、ちょっと見かえしてみて言いました。

「ぼくだって、このままでは200万円の損害だ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。

はじめの男は、すこし顔いろを悪くして、じっと、もひとりの男の、顔つきを見ながら云いました。

二人はあまりきちんと調べていなかったのですが、その町にはすでにライブハウスが3軒あったのです。

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「ぼくらが知らなかっただけで、この町にはすでに、こんなに多くのライブハウスがあったんだね」

「このままでは、ぼくらのライブハウスがオープンできない。」

「なんでもいいから、まずはライブハウスのスケジュールを埋めなければ。」

「そいじゃ、他のライブハウスに出演バンドを紹介してもらおう。なあに出演するためのチケットノルマを安くしておけば、ぼくたちのライブハウスの素晴らしさもすぐにバンドにわかってもらえるよ。」

「そうだねえ。最初は少し経営も厳しいかもしれないが1年後にたくさんのバンドが出演してくれれば結局おんなじこった。では、がんばって引き続き出演バンドを集めようじゃないか」

二人は、その町ですでに営業していたライブハウスに挨拶にいきました。

事情を話すと、少し嫌な顔をされましたが、出演してくれそうなバンドを何組か紹介してくれました。

なんとか形だけではありますが、出演バンドも集まり、一ヵ月後のライブハウスのオープンには間にあいました。

半年過ぎた頃には、少ないながらも何回も出演してくれるバンドも出てきました。

ところがどうも困ったことに、出演してくれるのはコピーバンドばかりでした。

「オリジナル曲を作ってプロになりたい!」というバンドはいっこうに出演してくれませんでした。

二人は、コピーバンドの楽しそうなライブイベントも大好きだったのですが、いつかはプロを目指しているようなバンドと、一緒に自分たちのライブハウスを盛り上げていきたいと考えていたのでした。

「どうもありがたいことに、学生や社会人のコピーバンドからは評判は良いが、プロ志向のオリジナル曲で活動したいバンドはあまり集まらないものだなぁ。若いやる気のあるバンドはいないもんだろうか」

「ぼくもそう思う。そんなバンドがいたら、全力でバックアップするやる気はあるのになぁ。」

「ああ困ったなあ、どこかにそんなバンドはいないのかなあ。」

「うん。そんなやる気のあるバンドと出会いたいもんだなあ」

二人は、ライブハウスの事務所の中で、こんなことを言いました。

その時ふと事務所のパソコンにメールが来ました。

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メールを見ると、バンドからの出演希望メールでした。

Youtubeでそのバンドの楽曲が聴けるURLも書かれていました。
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バンドとの出会い

「君、曲を聴いてみろよ。演奏はまだまだ下手だけど、なにより曲と声がいい。キラリと光るものはある。良いバンドじゃないか」

「こんな良いバンドが出演希望なんて願ったり叶ったりだ。しかしとにかく本当に出演してくれるんだろうか」

コピーバンドばかりが出演してくれていたので、オリジナル曲のバンドが、自分たちのライブハウスに出演してくれるのだろうか?と、一人は自信がありませんでした。

「もちろん出演してくれるさ。メールにそう書いてあるじゃないか」

「では出演してもらおうじゃないか。このバンドをぼくたちのライブハウスで全力で応援しようじゃないか。」

二人は早速、そのメールに返信してバンドとコンタクトをとりました。

出演してもらう前に、一度メンバーと会ってじっくりと話をしたいと考えました。

二人がどれだけこのバンドを気にいったのか、一緒にプロを目指してがんばっていきたいか、という気持ちを伝えてから出演してもらう方が良いと考えたからです。

バンドとライブハウスの二人との顔負わせの日も決まりました。

バンドとの顔合わせ当日

バンドがライブハウスの扉を開き、最初にこう言いました。

「ぼくたちはプロになりたくてバンドを結成しました。一生懸命がんばるつもりです。がんばるので良いイベントに出演させてください。決してご遠慮はありません」

二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。

「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、最初の半年はなんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。こんな良いバンドがうちのライブハウスで一生懸命、一緒にがんばってくれるらしいぜ」

「どうもそうらしい。決してご遠慮はありませんというのはその意味だ。」

二人は一生懸命、バンドの話を聞きました。

”プロになりたいから一生懸命がんばる”という、その一言が何よりも二人は嬉しかったのです。

たくさん話をして、早速、初出演のライブの日が決まりました。

通常、二人のライブハウスに出演するための条件に

前売チケット¥1,500 × 10枚

というチケットノルマがありました。

チケットノルマというのは、10枚の前売チケットを売り切れなかった場合、売れなかったチケットぶんの料金を出演バンドが保障して、ライブハウスに支払うというシステムです。

例えば、チケットを8枚しか売る事ができなかったら、売れなかった2枚分(¥1,500 × 2枚=¥3,000)をバンドがライブハウスに支払うことになります。

バンドからひとつ注文がはいりました。

一生懸命このライブハウスでがんばるから、このチケットノルマをなしにしてください。

そう、彼らは言ったのです。

二人は考えました。

これだけ、このライブハウスで一生懸命がんばると言ってくれてるバンドに、チケットノルマをかけるのは違うんじゃないだろうか。

そもそも一生懸命がんばるのなら、チケットノルマなんてなくても10人ぐらいのお客さんは軽々と呼んでくれるだろう。

だって、彼らはプロのミュージシャンになりたいのだもの。

ゆくゆくは何万人の前でライブをするのが目標のバンドなのだから、がんばってお客さんを呼んでくれるはず。

二人はバンドにその気持ちを伝えて、特別に「チケットノルマはなし」という条件で出演してもらうことになりました。

バンドもたいへん喜んで納得してくれました。

そして別れ際に”一生懸命がんばります!”と、たいへん力のこもった口調でまた伝えくれました。

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そして、ライブ当日

その日は、オリジナル曲のプロ志向のバンドが5組出演する、いわゆるブッキングライブイベントでした。

そのライブハウスで、オリジナル曲のバンドが集まったイベントは、はじめてのことで、二人は大変に喜んでいました。

二人はオリジナル曲をやっているバンドに出演してもらうために、他のライブハウスにライブを見に行ったり、紹介してもらったりして、このバンドに合いそうな音楽性のバンドを一生懸命に探してきて、お願いして出演してもらうことができたのです。

リハーサルもおわり、イベントがはじまりました。

どのバンドもまだアマチュアではありますが、とても良いライブをしてくれました。

二人はとても満足でした。

ただ一点だけ、残念なところがありました。

お客さんの数がすごく少なかったのです。

「はじめて出てくれるバンドばかりだったしね、仕方ないよ」

「うん。みんな、がんばってくれていたよね。すごく良いライブもしてくれたし」

「また、どのバンドも、ぼくらのライブハウスに出演したいと言ってくれたし」

「うん。そうだね」

「ただ…」

「うん。ただ…」

そうなのです。

あれだけ、一生懸命がんばる と言ってくれた、あのバンドが呼んでくれたお客さんが0人だったのです。

二人はライブの終演後、バンドに尋ねました。

「一生懸命がんばると言ってくれていたのに、なぜ、お客さんを呼ばなかったんだい?」

「一生懸命がんばりましたよ。今のぼくらなりに良いライブを出来たと思っています。そもそも、お客さんを呼ぶのはミュージシャンの仕事ではないと思います」

「自分たちでお客さんは呼びたくありません。」

二人は少しびっくりして黙ってしまいました。

バンドは力強く続けました。

「お客さんを呼ぶのはバンドの仕事じゃない。ライブハウスの仕事ではないのですか?」

確かにそうかもしれないと少し二人は思いましたが、はじめての打ち合わせの時に、あれだけ一生懸命に話したことが、バンドに何も伝わってなかったのだなと思うと少し悲しくなりました。

「たしかに良いイベントを作って、宣伝するのはライブハウスの仕事だと思う」

そう前置きをしてから一人は続けました。

「だけど、君たちが一生懸命がんばると言ってくれたのは、お客さんを集めるのもがんばる という意味だったのではないのかい?」

ライブ終了後、二人とバンドはたくさん話しあいました。

バンドの主張は、”ミュージシャンががんばるのはあくまで音楽であって、お客さんを呼ぶことではない”の一点張りでした。

長い話し合いのすえ、これからは出来る限りで良いので、集客活動もがんばるとバンドは約束してくれました。

そのかわり、ライブハウスとしてもイベントの宣伝や集客にもっと力を入れる、というのを二人はバンドに約束して、次の出演日を決めてから、その日は別れました。

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次のイベントの日程も決まったので、次のイベントに向けてライブハウスの二人は大忙しです。

そうこうしているうちに、次のイベントの日が来ました。

その日はオリジナル曲を演奏する6バンドが出演する日。

平日に6バンド出演するというのは、少し多い気もしましたが、二人はバンド数が多いほうがお客さんもたくさん来るだろうし、ガラガラの客席に向けてライブをするよりはマシだと考えたのです。

少し長いイベントにはなりましたが、二人の予想どおり、前回のイベントよりはお客さんの数も多く、あのバンドが演奏するころにはたくさんのお客さんが、客席から彼らの演奏を聴いていました。

二人は予想が当たって、喜びました。

ところがです。

イベント終了後、バンドからもうひとつ注文が入りました。

「ぼくたちは4バンド以上のイベントでライブはやりたくないです」

二人はびっくりして言いました。

「お客さんがまだいないから、たくさんの人に見てもらうのが先決じゃないのかな…」

だって、君たちがお客さんをぜんぜん呼ばないから…と、一人は言いかけたのですが、我慢しました。

「わかった、次のイベントは4バンドまでの出演組数で開催しよう。ぼくらも、もっとお客さんに来てもらうようにがんばるよ」

二人とバンドは、次の出演日を決めて別れました。

その次の日、バンドのメンバーからライブハウスに電話がありました。

電話の用件は「イベントで共演しているバンドの音楽性が自分たちのバンドとあっていないのではないか?もっと他のジャンルのバンドと共演のイベントを組んでほしい」というものでした。

たしかにベストではなかったかもしれませんが、二人は彼らのバンドの音楽性にあうような音楽性のバンドを一生懸命に考えて、出演してもらっていたつもりだったのでショックでした。

「じゃ、どんなバンドと共演したいのか?」

と聞いてみたところ、暖簾に腕押しで、これと言った答えは返ってきませんでした。

よくよく話してみてわかったのですが、彼らは音楽性で共演のバンドが気にいらなかったのではないようでした。

彼らの注文はシンプルでした。

もっと人気のある、お客さんのいるバンドと一緒にやりたいです。

電話を切って一人の男は、も一人の男に向かって言いました。

「今の彼らが人気のあるバンドと一緒にライブをして、その人気バンドのお客さんに気に入ってもらえるだろうか」

も一人は言いました。

「たしかに、彼らには才能はあるかもしれない。でも、まだ今の演奏力や歌唱力じゃ、人気バンドに食われて終わるだけだと思うぜ」

「うん。ぼくもそう思う。何より、自分たちがぜんぜんお客さんを呼ばないのに、人気バンドと一緒にやりたい、というのは虫がよすぎる話ではないかな」

それでも一緒にがんばろうと約束しあった、責任を感じていた二人は、がんばって次のイベントに向けて、もうすぐプロデビューする人気バンドを呼びました。

お客さんもたくさんついている人気バンドです。

そして、イベント当日

その日は、その人気バンドをふくむ、3組によるイベントでした。

会場はオープンから満員のお客さん。

その様子をみて、二人はすごく嬉しい気分になっていました。

「本当に良いイベントになったね」

「彼らも良いライブをしてくれたしね」

二人はとても満足でした。

ところがライブ終了後、また新しい注文がバンドから入ったのです。

「今日のイベントはお客さんはたしかにいたけど、ぼくたちのバンドのことを好きそうな客層とは違うと思うのです」

「もっと僕たちのバンドを好きそうなお客さんがいるバンドと一緒にやりたいです」

二人は少しあきれてしまいました。

「たしかにあの人気バンドと君たちのバンドの音楽性はまったく同じではなかったけど、近しいものはあったと思うよ。お客さんの反応もきちんとあったじゃないか」

バンドの言いぶんを聞くと、ライブでの反応はあったものの、ライブ終了後、まったくお客さんにCDが売れなかったらしいのです。

二人はさらにあきれてしまいました。

一人がもう我慢できないという風で力強くバンドに言いました。

「君たちは自分たちのライブが終わったあとに、CDの物販コーナーにいなかったじゃないか。それでCDが売れるはずないだろう」

一人はさらに続けました。

「君たちは”売れていない”んじゃない、自分たちで”売っていない”だけだよ」

バンドはそれを聞くと黙ってしまいました。

少しの沈黙のあとに、一人が言いました。

「わかった。ぼくたちのライブハウスに出演する時は、物販のスタッフもぼくたちのライブハウスのスタッフに手伝わせる。今はお客さんも無理に呼ばなくていい」

「そのかわり、まず上手くなってくれ。君たちは才能はあるかもしれないけど、まだ未完成だ。歌だって、声は良いけどまだまだきちんと歌えていない。曲間のMCだってひどいもんだ」

バンドは少し不満そうで、何か言いたげでしたが黙って聞いていました。

「まずは、良いライブをしっかり出来るようになろう。自分たちだけで練習できないのなら、ぼくの知り合いの歌の先生だって紹介するよ。そして…」

ここから話すことが、そのひとりが一番バンドに伝えたかったことでした。

「せっかく、たくさんのお客さんにライブを見てもらっても、君たちは、そのお客さんに向けて次の自分たちのライブに来てもらうためのアクションを何もしていない。今、お客さんを呼べないのは仕方ない。でも、はなからお客さんにライブに来てもらう努力をしないのは違うんじゃないかな」

「お客さんに話かけるでも、チラシを配るでも何でも良い。出来る範囲で良いから、しっかり次につなげる努力をしてほしいんだ」

バンドはそのまま黙って聞いていました。

「良い音楽だけやっていたら、誰かがなんとかしてくれる…ってわけではないと思うよ」

バンドにがんばってほしい一心で、一人は一所懸命にバンドに伝えました。

それを聞いても

「でも、お客さんに媚を売りたくありません。」

バンドはこう言いました。

二人は

「自分の信じているものを伝えるためにがんばることは、媚を売ることではないんだ」

と思いましたが、そう言っても、バンドにはなんだか伝わらない気がしました。

話は平行線のままだったので、むこう半年、今伝えたことをお互い念頭に置き、また一から、バンドもライブハウスもお互いがんばっていこう という話で落ち着きました。

そして、半年が過ぎました。

もともと曲とボーカルの声は良いバンドでした。

だから半年もライブを続けていると、小さい町のなかの小さい範囲ではありますが、「良いバンドがいるらしい」と、少しだけ噂になっていました。

バンドは、他のライブハウスにも出演しはじめました。

ひとつのライブハウスだけに出演していても、見てもらえるお客さんの数も限られてるし、他のライブハウスにも出演することは、バンドにとって良いことだと二人は考えていました。

とはいえ、そのバンドの演奏力と歌唱力、お客さんの動員人数に関しては平行線のままの半年間でした。

ある日のライブのおわり、二人とバンドはいつものように話あっていました。

一人はバンドにむけて言いました

「例えばなんだけど、3曲目のあの曲で、簡単な振り付けをつけてお客さんにもやってもらう…というのは、どうだろう」

バンドのメンバーはそれを聞くと、信じられないという形相をしました。

「ぼくたちのバンドはコミックバンドではないのですよ。振り付けをつけて踊るなんてありえません」

「音楽以外のことはライブではやりたくありません。」

それをうけて、一人はこう返しました。

「それはもちろんわかているよ。君たちは本当に曲が良いバンドだから…でも、何か新しいことは考えないといけないと思うんだ。では、他に何か別のアイデアはあるかい」

そう聞くと、バンドは黙ってしまいました。

「正直、この半年、君たちのバンドは何も変わっていない気がするんだ。歌だっていっこうに上手くならないじゃないか。練習はしているのかい」

するとバンドのボーカルはこう答えました。

「最近、歌のコツをつかみかけてるんです」

実は、このやりとりも、この半年ずっと平行線のままでした。

「つかみかけてる…と言って、半年すぎても君の歌は何も変わってないよ。前にぼくがボーカルの先生を紹介するって言ったけど、それはあまり興味ないのかい。きちんと練習の仕方がわかってないだけかもしれないよ」

バンドのボーカルは答えます。

「もちろん興味はあります。でも、最近…歌は自分的に良い感じだと思うんです。練習は自分たちなりにしています。」

「人にお金を払って教わりたくありません。」

二人はこの半年の期間、一生懸命に話しあったことがなんだか無意味に思えてきました。

「そもそも、君たちはプロのバンドになりたかったのではないのかい」

「はい。もちろん、そうです」

「プロになるということはバンドを仕事にするということなんだよ。嫌なことでも求めている結果を出すためには、やらなければいけない時もあると思うんだ」

そこでバンドから決定的な一言がありました。

「ぼくたちは自分のやりたい事しかやりたくありません」

そうなのです。

たしかに、バンドはいつも一生懸命がんばっていたのです。

ただ、自分のやりたい事だけを一生懸命にがんばっていたのです。

自分たちのやりたくない事に対しては、最初から、がんばるつもりなど、さらさらなかったのです。

バンドは言いました。

「僕たちのような、はじめたてのバンドから、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。今までどうもありがとうございました。」

二人は顔を見合せました。

「他のライブハウスで、50万円を払えば有名プロデューサーのプロデュースでプロデビューできるお話をいただきました。これからは、そっちのライブハウスでがんばろうと思います」

二人はバンドに言いました。

「それは、どうもおかしいぜ。」

「ぼくもおかしいとおもう。そんな都合の良い話があるはずがない」

二人のそんな言葉にも、バンドはもう聞く耳を持っていません。

「いや、この半年以上、チケットノルマもなしにしてくれて、たくさんライブをさせてもらって、ありがとうございました。」

そう言い残すとバンドは出て行ってしまいました。

バンドがいなくなった、ライブハウスの事務所で、ふたりはなんだか悔しくなって泣き出してしまいました。

「彼らはもとから僕たちの言ってることの本当の意味を、まったく理解してくれてなかったんだね」

涙声のまま、もひとりも言いました。

「僕たちも、もっともっと彼らと深く話をするべきだったんだろうね」

もうひとりは言いました。

「お金を払ってデビューなんかできるはずないのに…」

二人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました。

二人は、その注文の多かったバンドに、本当に可能性を感じていたので、一緒にがんばりきれなかったことが、悔しくて仕方なかったのです。

結果的にはではありますが、あの注文の多いバンドのおかげで、他のオリジナル曲を演奏するバンドもたくさんライブハウスに出演してくれるようになり、二人のライブハウスはじょじょにですが盛り上がりをみせてきました。

その後、あの注文の多かったバンドがCDデビューしたという話は聞きませんでした。

風の噂によると、二人のライブハウスに出演しなくなってすぐに解散した…とも聞きました。

好きなことだけをして、近道でデビューなんてできるはずがなかったのです。

この一件いらい、二人は何が正しいのかよくわからなくなってしまいました。

出演バンドも増えてきて、ライブハウス自体の経営は安定してきましたが、

「これではまるで、バンドが僕たちのお客さんみたいだな…」

と、二人は疑問も持ったりもしました。

でも、ライブハウスも商売なので、一度オープンしたお店を潰すわけにはいきません。

二人はガムシャラにがんばって、その後もライブハウスを経営していきました。

だけど、ライブハウスを作ろうと思ったときの、音楽が本当に大好きだ という気持ちはなんだかよくわからなくなってしまい、もうもとのとおりになりませんでした。

二人がはじめた ライブハウス WILDCAT HOUSE は気がつけば、人気バンドもたくさん出演してくれるようになっていました。

WILDCAT HOUSEは、いつの間にか老舗とよばれるライブハウスになっていました。

(お客さんの多いライブハウスにつづく)

お客さんの多いライブハウス
注文 お客さんの多い 料理店 ライブハウス 2人の若いアマチュアミュージシャンが、すっかりバンドマンの体をして、大切な楽器をかついで、...

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