コミュ障にささげる、倉坂的コミュニケーション術①

それほどコミュニケーションが上手いわけでもない自分が、大げさなタイトルをつけてみた。

ごめん。

今日、書きたいのは

「例え話」

の危険性について。

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その例え話の使い方あってますか?

会話にしても、文章にしても

人に何かを伝えたい時、

身近なわかりやすい例を上手く使って、伝えようとする人

けっこう多いと思うんですね。

会話術とか、文章術みたいな本でも、

「例え話の上手い人は会話上手!」

みたいなことを書いてたりするし。

ただ「本当にそう?」とか僕はよく思っております。



会話や文章をある程度、「エンタメ化」するうえで、例え話というのはすごく有効。

ただ

「例え話」って使い方を間違えると
マイナスに働くこともあるぞ?っていう。

これを仮に

「例え話、諸刃の剣理論」

と名付けてみる。

ちなみにただの自論です。

ソースはオレ。

まわりくどくならないように、まず結論から。

例え話というのは、

そもそも

人を叱る時や

否定的な人を肯定側に誘導するための説得

には向いていない

というのが僕の考え。



どういうことか説明しますね。

極端な書き方をすると「例え話」を使うというのは、

「自分が話してる内容は正しい」というのを、相手に証明するため

だと思ってます。



なので、そもそも

①相手が自分に対して好意をもってくれてる状態での会話
②相手がその話の内容に対して好意をもってくれてる状態での会話

では、「例え話」はめちゃくちゃ有効。

「なるほど~!」と思ってくれて

最後の後押しになる。



または、そもそも相手が

話の内容にも、自分にもそこまで興味がない状態

(相手の感情がプラスでもマイナスでもないので、仮に 「0ベース」と、これを呼びます)

0ベースの会話の場合

「例え話」がうまく会話のなかで決まれば

「楽しいし、わかりやすい!」

という感情に相手はなってくれると思います。(失敗する場合もあると思いますが)



これは、最初の方に書いた

“会話や文章をある程度、「エンタメ化」するうえで”ってやつですね。

「コミュニケーションンをエンタメ化する」

これって、要は お話をわかりやすく盛り上げるって話で

そういう意味では「例え話」はもちろん有効



こういう成功事例をふまえて

会話をわかりやすくするために

どんどん「例え話」を使っていこう!

となる気持ちはわかる。

わかるけど、ちょっと待てくれ!

と。



そもそも感情がプラスの状態での会話

または、0ベースでの会話

の場合、「例え話」は相手の感情をプラスにもっていくために有効ではあるのですが

これがコミュニケーションのスタート地点で、

相手が自分に対して否定的な時

すでに感情がマイナス地点からスタートの場合

一気に「例え話」の効果が弱くなる。

なんなら、その「例え話」のせいで会話の印象がさらにマイナスになってしまう。



どういうことか説明します。

例えばですが

仕事でミスをして上司に怒られてる時 を想像してみてください。

上司にえんえんと「例え話」をふまえて、お説教されたらウンザリしませんか?



上司 「だからおまえはダメなんだ!ちゃんとやれ!」

自分 「はい。すいませんでした…」

上司 「おまえは “自分の○○が○○な状態でも同じことするの?”」

自分 「はい。やらないですね。すいませんでした…」

上司 「そうでしょ? それって、けっきょく”○○が○○っていうのと同じことだよ?”」

自分 「すいませんでした…

って、あやまって反省してるやん?
しつこいなぁ…うざい!

みたいなやつ。



これ、学校で、会社で、家庭で…と

みなさん、何かしら似たような経験あると思います。

上司は、部下のミスに対して

「君がやってしまったことは、これぐらい大変なことなんだから、次から気をつけてくれ!」

というのを、きちんと伝えたい。

これぐらい大変なこと

っていうのを誤解なく伝えるために

「例え話」を使ってると思うんです。

でも、これ完全に逆効果ですよね。



もしかしたらこの上司さん

すごく愛のある方で

部下のことを心底おもってのお説教だったかもしれません。

「オレも若い頃は同じようなミスをした!でもそのミスは防げる!」

…みたいな。



でも、部下目線でみた時。

「例え話」じたいが

上司が「いかに自分の言いぶんが正しいかを証明するためのツール」化

してしまってます。



要はこれって

「論破する」 とか 「マウントをとる」

みたいになってしまってる

という、誰も幸せになっていない構図。



コミュニケーション齟齬による悲劇。

悲しい。

でも、よくある話。



…というわけで

自分に対して、否定的な感情を持っている人

話に内容に対して、そもそも賛同していない人

など

感情がマイナスベースではじまるコミュニケーション

に対しての「例え話」というのは

残念ながら、あんまり効果がない。

これは言い切っちゃいます。

効果ないです。

むしろマイナスです。



そもそも会話スタートがマイナスなので

「ワケのわからん例え話までいれて、くどくどと説明してきやがって…!」

と、むしろ「例え話」が、受け取り手の感情的にマイナスに働いてしまう。

みたいな。

悲劇的結末。



なので会話における「例え話」というのは

①プラスをさらにプラスに持っていくための後押しには有効

②そもそも興味のない0ベースの人を、プラスよりにさせる力はある

会話の「エンタメ感」をあげる効果はある
↑これは関西人的発想かもですね。自分も「例え話つっこみ」とかするしな(笑)

なんですが

③マイナスの感情をプラスにする効果はない

これが今日いちばん書きたかったことです。



あと「例え話」をよく会話につかう人の特徴で

思いつた「例え話」に酔いがち

ってのも ある。

強い「例え話」のせいで、そもそもの主題がひっくりかえってしまう

みたいなやつ。

これって、もはや「うまいこと言うたった!!」みたいな、芸人的発想ですよね(笑)。



あと、ひとつの会話で使える例え話は、一つ、二つまで。



思いついて嬉しいのはわかるけど

例え話が 5個、6個とかになってくると、

テンポも悪くなるし

もはや何を伝えたい会話なのかよくわからんくなる(笑)

これらも意外にやりがち。

これだけ偉そうに書いてて、自分も無意識にやっちゃいがちなんでね。

気をつけたいですね (自戒)



そして

ここまで読んでもらって、勘の良い読者なら気づいてると思いますが。



そもそも、この記事の内容自体が例え話だらけなんですね(笑)。

だから

「なるほどねぇ…」

と、例え話だらけのこの記事を納得しながら読んでくれた人は

そもそも

「倉坂に好意的」だったり、「内容自体に好意的」な人だと思うんです。



で、逆に「何を偉そうなことを書いてんだよ?ケッ!!」

みたいに、内容に対してまったく賛同してくれない人。

それって、そもそも「倉坂が嫌い」とか「こういう内容には賛同しかねる」みたいな

マイナススタートの人だと思うんです。



そういう人に対しては、どんなにわかりやすく説明するために「例え話」を織り交ぜても

その「例え話」が、まったく機能してないんですよね。

(僕のことを嫌いな人が、この長文を最後まで読んでくれた時点で実はありがとう…ではあるのですが 笑)

…と、そういうお話でした。



今日のタイトルを「コミュ障にささげる、倉坂的コミュニケーション術①」としましたが、②があるのかはわかりません。

なんか思いついたら、いつか ② も書きます。



人間同士の意思疎通というのはとにかく難しい。

「言葉にして伝える」という行為がそもそも欠陥が多すぎる

それでも伝えようとすることで何かが生まれるのですが。

そういうのが楽しいのですが。



おしまい。



例え話とか使って、まわりくどいことは言いません。

ストレートにお願いします。

10/20(金)に久しぶりにThe denkibranでライブするので来てください。

チケット買ってください…!!

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