倫理・哲学・宗教・文化・法律等の人文社会的側面から、
クローン人間の作製が禁止されていた少し前とは違い、
今の時代、クローン人間などは別段に珍しいものではなくなった。
一家に2~3人のクローン人間がいるのが普通の世の中。
そんな生活様式なんて10年前では想像もできなかった。
ある日の夕方
僕は橋の上で、この世の終わりみたいに綺麗な夕焼けを一人で眺めていた。
実際、この世なんて終わってしまえと思っていたし、
もう何を頼りにこれから先、生きていけばいいのか完全にわからなくなっていた。
四回生のこんな時期だというのに就職活動はまったくうまくいっていない。
それより、何よりも。
昨晩のあんな酷いフラれ方。
天使みたいな顔をして、中身に限れば本当に悪魔みたいな女だった。
あんな女のために、お金と時間をついやした僕の半年はいったいなんだったんだろうか?
その結果が、あんな酷い仕打ちだなんて。
思い出すだけで、涙がにじんできて情けなくなる。
そんな風に思うと、もうこれから先、生きいくのが馬鹿らしくなってしまい、
このままこの橋の上から身投げしてやろう、などと考えたまま橋の上で、もう数時間が過ぎた。
悲しみはだんだんと、怒りに代わっていった。
どうせ死ぬのなら。
死ぬ前に。
彼女に復讐してやりたい。
そんな風に僕の思考がたどり着いたところで、誰が僕の事をとがめられようか?
それぐらい彼女は僕に対して、実際に酷いことをしたわけだし、
復讐は当然の権利である。
だけど。
彼女の行方を僕は知らない。
携帯電話はとうに繋がらなくなっていたし、彼女が住んでいた家はすでに空き家になっていた。
(なんて、用意周到で姑息な女なんだ!)
だけど、僕の復讐心は一向に収まる気配はない。
このままでは死ぬに死にきれない。
ここでハタと僕は思いつく。
そうだ。彼女のクローンを作ればいいのだ。
あの天使の姿をした、悪魔みたいな女のクローンを。
そのクローンに復讐してやればいい。
僕は、悲しみと怒りでおかしくなっていたかもしれない。
クローン人間に復讐?
バカげている。
バカげているのはわかっているけど、
僕の人間らしさを保つためのギリギリの選択は、この時はこれしかなかったのだと思う。
昨晩、僕と彼女は愛し合った(偽りの愛ではあったが)
だから、僕の部屋のベッドに彼女の髪の毛ぐらいなら残っているはずだ。
その髪の毛と必要書類を提出して手続きをすませたら、半日もあれば彼女のクローン人間はできあがるはずだ。
僕は数時間動くことができなかった橋の上から、ようやく自分の部屋へと動き出すことができた。
急いで手続きを済まし、彼女のクローンと僕が対面したのはその日の夜のことだった。
クローン人間を作成するにも色々なコースがある。
彼女が人間としての形を保っていられるのは2週間。
2週間たてば、人としての形も残さずに彼女は消えてしまう。
お金さえ積めば、もっと長く生きられるクローンも作れるのだが、これはあくまで復讐のためのクローン人間である。
復讐には2週間もあれば十分だ。
記憶のインプットに関しては、一般的な20代前半の女性の記憶と、僕への好意をあらかじめインプットしてある。
今の技術では「恋愛感情」というものを直接的に脳にインプットすることはできないのが面倒だが、2週間の時間はある。
元々、クローン人間は異性の制作/管理者に恋愛感情をいただきやすい性質もあるし、記憶をインプットしたとは言っても、実際は何事も未経験の子供みたいなものである。
彼女が僕に対して恋愛感情を抱くのに、2週間も時間があるのは十分すぎる。
彼女が僕のことを好きになり
僕なしでは生きられないと思い知り
幸せの絶頂を感じた時に
おまえはクローンである
これは復讐であると告げて、絶望の底に叩き落して消えてもらう。
恨むのならオマエのオリジナルを恨め。
オマエの遺伝子は悪魔の遺伝子なんだ。
だから僕は、その悪魔の遺伝子にこれから復讐をする。
彼女との仮初の生活がはじまった。
彼女は自分のことをクローンだとは自覚していない。
僕とは付き合いだして、まだ1週間ほど。
彼女の家族が海外旅行に行くことになり、どうせなら…と、僕の家に転がりこんで来ての仮初の同棲生活。
そんな設定の、仮初の仮初の生活のようだ。
はじめはとにかく苦痛だった。
彼女の顔を見るだけでも吐き気がした。
すぐにでも首を絞め復讐を成し遂げたいという衝動に駆られた。
大げさに思うかもしれないけど、それぐらい彼女は僕にとっては酷い女だった。
だけど、今、そんな彼女に向けた憎悪を悟らるわけにはいかない。
とにかく彼女を愛しているフリをした。
(実際、僕は愛していた!あの夜までは!愛しさ余って憎さ100倍である!)
クローンはそうとも知らずに、僕を受け入れていた。
そんな生活を続け、1週間がたった。
はじめの頃は憎悪の対象でしかなっかた彼女の顔を見ても、何も思わなくなった。
愛おしいとさえ感じるようになってきた。
(彼女に裏切られるまでは、確かに僕は彼女を愛していたのだから、愛しく思ってしまうのは当たり前かもしれない。ただ、こいつはクローンだ!実際の彼女ではない!!)
10日が過ぎる頃には少し僕の気持ちに変化があった。
あろうことか、この仮初の生活を楽しんでいる自分に気づいてしまった。
ふとした仕草や表情
かわす言葉のやりとり
いつの間にか、本当に彼女を愛おしく思ってしまっていた。
姿や形、声はたしかのあんの女と同じなのだ。
だけど、あの女と、あの子とは別の人間なんだな…と僕に思わせてくれるぐらいには、この子は良い子だ。
見た目は同じなのに。
僕の横にいるのは、別の人間である。
少し冷静になってきた僕は、だんだんとそんな事を考えるようになってしまった。
13日が過ぎた。
彼女が人間としての形を保っていられるのは2週間、つまり14日間である。
明日でこの仮初の生活が終わる。
この13日間の生活中、彼女は僕のことを本当の恋人として愛おしく思ってくれている。
それは痛いほど感じる。
そして僕もまた。
彼女を、あの女とは別の人間として好きになりかけている。
正直に言うと、この生活がもっと続けばいいな…と僕は思い出していたし、
僕は一時の感情でとんでもない間違いを犯してしまったのではないか?と、我に返っていた。
もっと正直に言おう。
僕は彼女というクローンを作ったことを、13日目の夜に心の底から後悔していた。
14日目の朝が来た。
その日、僕は朝から涙が止まらなかった。
彼女と今日、別れてしまうことが悲しいのか
復讐だなんて馬鹿げた事を考えたことを後悔してなのか
自分でも、涙の理由はわからなかった。
ただただ自分が情けなくて、彼女に対して申し訳なかった。
朝から一人で泣いている僕を、彼女は心配するわけでもなく
「変な人」と、笑ってくれた。
夜が来た。
ずっと泣いている僕。
神妙な面持ちで黙っている彼女。
「わかっているよ」
先に口を開いてたのは彼女だった。
僕の涙は止まらなかった。
何をわかっているか?
僕はもう聞き返すことすらしなかった。
「ごめん、ごめんなさい」
「こんなつもりじゃなかったんだ」
僕の口からは自分の涙に負けて、言葉になっていたのかすらも怪しい、心の底からの後悔の言葉しか出てこなかった。
「本当にごめん」
そう言った僕を彼女は優しく抱きしめてくれた。
「ありがとうね。本当に楽しい2週間でした。あなたと暮らせて本当に良かった」
そう言って、天使のような顔をした彼女は、天使のように優しく笑いかけてくれた。
どこのタイミングで彼女は気づいたのか?
もしかしたら最初から気づいていたのかもしれない。
彼女は自分がクローンだということをわかっていたようだった。
2週間の仮初の生活が終わる時がきた。
自分がしたバカげた行いを心の底から後悔したし
何よりも
僕はもっと彼女と一緒にいたい。
そう思っても後の祭りだった。
僕を抱きしめたままの彼女の体から、少しずつ光の粒子のようなものが漏れ出してきて、空へと上がっていった。
クローンが消える時は、光の粒子になって最後は跡形もなく消えるのだ。
天使のような彼女に似合う美しい最後。
お別れの時だ。
もう涙も鼻水もわからない。
それぐらいグシャグシャのまま、言葉にならない言葉で、僕は彼女の名前を呼んだ。
後悔の言葉と「ごめんなさい」を繰り返した。
それでも、彼女は天使のように微笑んでくれていた。
もうすぐ彼女が消えてしまう。
僕は心の底から後悔をしていた。
消えてしまう。
消えてしまう?
が、彼女の体は相変わらず、人間の形を保ったまま。
もう数分はたっているのに、これはさすがにおかしい。
と思った時、おかしなことに気づいた。
抱きしめあっていて気づかなかったのだけど、この光の粒子は彼女から登っていたのではなかった。
僕の体から登っていたのだ。
気がつけば、僕の下半身はすでに光りながら消滅していた。
え?
あれ?
え?
え??
状況がまったく理解できない僕。
僕は泣きながら彼女の顔を見つめなおした。
さきまで天使のように微笑んでいたのが嘘のように、そこには悪魔のような目つきで無表情に僕を見つめる女がいた。
「ざまぁみろ」
彼女は、聞こえるか聞こえないかぐらいの声をつぶやいた。
「私にあんな酷いことをした酷い男。心の底から後悔しろ」
?????
僕は意味がわからない。
「死ね」
そう、彼女がつぶやいたか、つぶやかないかと同時ぐらいに、僕の体はすべて光になって消滅した。
「僕が女に酷いフラれ方をして、その女のクローンを作り復讐してやる」と考えたわけではなかった。
「女が僕(のオリジナル)に酷いフラれ方をして、僕というクローンを作り、女が僕に復讐をしていた」それが事実のようだ。
僕は「クローンを作って復讐をしている」と思いこまされていた、ただのクローンだったようだ。
すべては彼女の思惑と手のひらの上だった。
僕がその二重構造に気づくための、僕の脳も気持ちも体も、すでにこの世から消滅していた。
女はガランとした部屋のなか一人で立ち上がった。
空きっぱなしの窓からは風が吹き込んでいた。
「ざまぁみろ」
誰に言うでもく、そうつぶやいて彼女は部屋を出ていった。
…という夢を半年前ぐらいにみました。
ユメチでごめん。
起きた時に、二段オチかよ!と独り言で突っ込むぐらいにはよく出来た夢でした。
神目線で自分じゃない主人公の夢っていうのをはじめて見ました。
というか、そもそも夢はあんまり見ないし。
これ2人ぐらいにしか話してなかったので、なんとなくblogに書いてみた。
アラスジみたいな書き方しちゃったけど、もっと普通に小説風に書いてみたい気持ちもありつつ、またの機会に。
クローン人間の彼女
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