センチメンタル・ギター・ラプソティ

はじめてギターを買った時の事はなんとなく覚えてる。

3万円ぐらいのいわゆる”初心者セット”ってヤツで、ギターとアンプとケーブル、チューニングメーターにストラップ。

“これさえあれば、明日から君もバンドが出来るぜ!文化祭で主役!”…なんてありきたりな売り文句にのせられて、僕のいつかのお年玉は僕の手元から旅立っていった。

当時、大好きだったあのバンドの曲のイントロを何曲か弾けるようになった頃。

なんとなく弾けるFコードと、なんとなく覚えたペンタトニックスケール。

それが僕のギターのすべてだった。

そもそも「やらない理由」なんていうのは探せばいくらだってある。

毎日、バイトで忙しいし、友達付き合いだってある。

昨日、買ったまま、まだ読んでいない漫画の続きだって気になるし。

いつだって、見ないふりしてる”少しだけ先の事”もそろそろ考えなくちゃいけない。

そして、何をやっていても、あの娘の事がチラついて、色々な事が手につかない。

そうだ。

僕らは意外に忙しい。

いつか買った、そのギターはいつまでたっても練習中。

あの娘のために曲を作ろう…なんて、漫画みたいなクソ寒い事を考えてたんだけど、そんな名曲は生まれる気配もない。

だけど、いつかそんな凄い曲を作ってやろうと、そんな気持ちだけはずっと持っていた。

あれ?そういや、ロックバンドってなんだっけ?

なんとなく続いてく毎日は、なんとなく幸せで、なんとなく何か足りないまま、夢みたいな事を無邪気に友達と語りあいながら、それなりに続いてくと思っていた。

いつか終わりが来るのは、わかっていても、そんな実感はやっぱり持てないままに。

そうして、なんとなく僕らはこのまま渇いていく。

ある日、路地裏で猫に出会った。

その猫は、世界中を旅してきて、つい昨日、この路地裏に帰ってきたらしい。

なぜかその猫は長靴をはいていた。

少し小憎たらしい顔をした、長靴をはいた猫。

その猫は僕と目があった途端、マシンガンのように自分の目で見たらしい世界中の話を自慢げに僕に話しかけてきた。 (猫のくせに)

ある国でお姫様と仲良くなった話。

ある国で海賊船から、命からがら逃げだしてきた話。

ある国で長靴をもらったお礼に、上手くお城を手にいれて、その人に恩返しをした話。

“広い世界も自分にとってはちっぽけだ!”

力強く話すその姿は威厳に満ちていた。(猫のくせに)

猫は言う。

「その気になれば、空だって飛べるんだぜ? それなのに、なぜ、君は飛ばないんだい?」

僕は思う。

何を言っているんだ?この猫は?

空なんて飛べるはずないじゃないか。

猫は僕にかまわず一方的に言いたい事を言い続ける。

「君の事はずっと見ていたよ。」

「君だって最初は可能性の塊だったのに。」

「君は飛ぶこともせずに、そこでそのまま渇いて死んでいくんだね?」

一方的に話続ける猫に、さすがの僕も腹が立ってきた。

僕は少し強い口調で言う。

「いつか飛ぶさ。」

「そもそも、猫風情が、人間様に偉そうな口を聞くんじゃないよ。」

猫は言う。

「君が言う、”いつか”ってやつは”いつ”なんだい?」

僕は口ごもる。

“いつか”は”いつか”だから、答えようなんかないじゃないか。

“そのうち”

“近い未来”

“タイミングあえば”

僕が答えるタイミングを失っていたら、気がつけば、その猫の姿は消えていた。

そして、気がついたら10年の月日が流れていた。

あの頃より別に楽しくないわけではないけど、気にしないといけない事は増えてしまった気はする。

別段、今の自分に満足していないわけではないけど、満足していると言いきってしまうと嘘にはなるかもしれない。

まだ”きっと途中”。

そんな中途半端な気持ちだけは、あの頃のままかもしれない。

色々な事が変わってしまったように思うけど、実は本質的なところでは何も変わらないままなのかもしれない。

“いつか”ってヤツは、まだ訪れていない。

初めて買ったあのギターは、あの後すぐに友達に売ってしまって、もう手元にはない。

だけど、その後にバイトの給料で買った、あのギターより少しだけ高いアメリカ製のギターは手放せずに今も持っている。

気がつけば、そのギターもすっかりホコリまみれになってしまった。

少しだけ思い出してみる。

あの時、はじめてギターを持った時、僕にとっての”世界の中心軸”は確かに僕だった。

もしかしたら、あの猫が言ったように、その気になれば、あの時の僕は空だって飛べたかもしれない。

あの一瞬だけの魔法は、いつのまに使えなくなってしまった。

何もできなかったけど、何かしようといつも足掻いていたあの頃。

根拠はないけど、なんだか自信だけはあって、自分自身の声と仲間達の声にはいつだって誠実でいたかったあの頃。

いつかの魔法使いみたいな自分と、ふがいない現実の境界線が少しずつ、少しずつ、ずれ出して、いつの間にか僕は自分でもどうしたらいいのかわからなくなった。

言い訳を探す事も、誰かのせいにする事も、そんな事を考える余裕すらなくなって、すっかり渇いてしまった気持ち。

いつまに世界の中心軸が自分でなくなってしまった事には気づいていたさ。

それはたぶん”自分で決めてしまった限界に殺された”って事なんだと思う。

夕方、ある日の帰り道。

下校中の学生とすれ違った時、ふいに放課後の景色の匂いがして、僕はなんだか泣けてきた。

もしかしたら、僕はあの路地裏で出会った猫が、またふいに僕の前に現れるのを今でも待っているのかもしれない。

あの日、上手く答えられなかった”答え”はまだ見つかってないけど、今だったら、もう少し上手く答えられるかな?

言い訳の続きは100年後に。



“いつだって剣よりペンが強くて、それより少しだけギターがすべて。

いつかあの娘を振り向かせれんのは僕のギターと本気で信じてた。”

倉坂

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